ソシャゲ自主規制の動きを見る

3月、4月とソーシャルゲーム業界に動きがあったようなので、思うことを書いてみようと思います。



ソーシャルゲームのガチャ問題は3月23日の衆議院消費者問題特別委員会でも取り上げられました。
gacha01-1.jpg
その質疑応答の結果を簡単に書かせてもらうと、「業界団体による自浄作用を見守りたい」というもの。

JOGA(日本オンラインゲーム協会 69社所属)という業界団体があります。
最近こちらの団体のガイドラインが改正されました。
その内容は改正景品表示法によるものなど細かい部分の変更はありつつも基本的に2012年に定めたものと違いはありません。
2012年から現在に至るまでのソーシャルゲーム業界を見れば、これがどれほどの効果を持つものかは想像できると思います。
にも関わらず、MCF(モバイル・コンテンツ・フォーラム 132社所属)という団体はこのガイドラインに従うとし、両団体以外にも啓蒙していくことを表明しました。

効果が無かったものを今更担ぎ出し、それに従って行こうという流れに至った経緯には何があるのでしょうか?
個人的には「もうどうすればいいかわからない」という関係企業の心の声が聞こえてきそうな気がします。


現在のソーシャルゲームは基本無料で人を集め、一部のユーザーから多くの課金を得るという仕組みで成り立っています。
某ゲームでは課金9万円で好きなアイテムと交換できる、というちょっと笑ってしまうような対策を打ち出していましたが、
一部の課金者のみで利益を確保しようするとその金額設定になってしまうのでしょう。まだ低く設定できるとは思いますがw
この狭く深くという収益形態を、広く浅くに変更しようとすれば、それはゲームを一から作るに等しいことです。
多額の利益を生み出しているゲームを放棄して一から作り直す。
企業としては強制でもされない限り取れない選択でしょうね。

「利益を保ったままなんとか世間にも受け入れられたい、でもどうすればいいのかわからない。」
「そうだ!規制作ってる団体あるからとりあえずそれに乗っかっておこう。」
gacha03.jpg
なんだかそんな印象を受けてしまうのです。

どうするべきか考えて真剣に対策を練ったなら、効果の無かったガイドラインを今更担ぎ出すことなど無かったはずです。
もしかすると問題を取りまとめて導くリーダー企業が存在していないのかもしれませんね。

リーダーになるというのは大きな責任を背負うということでもあります。
利益さえ確保出来ればいいのだから余計な責任は背負いたくない、といったところでしょうか。
なんだか現代日本人の縮図を見ているような気にすらなってしまいますw


gacha02.jpg


今回この問題が業界の一部を動かすまでに発展したのは何故なのでしょうか?
私は問題が外へ向かった事によるものだと考えています。

昨今の趣味というものは、細分化され個々のニーズに合ったものを選べるようになってきています。
これは多くのニーズに応えられるという点では良いことなのですが、問題が起っても外に漏れにくい、なぁなぁで済まされ易いという閉鎖的側面も含むことになります。
関係企業⇔少数のユーザー、という構図は偏った見方での対話を促進し、時として偏った結果を導き出してしまいます。

今回ソーシャルゲームのユーザーは関係企業ではなく、外へその意見を発信しました。
それが広がりを見せたことで、外の空気を取り込むことに繋がり、外の世界を巻き込んだ大きな動きへと発展していったのです。

開発企業⇔ユーザー⇔外

なぁなぁで済ませられないほど大きくなった業界には、この構図が必要なのだと思います。
外からの空気が入り込むことで、関係企業は動かざるを得なくなってしまいました。
しかし関係企業もまた小さな世界で動いていたために、大きくなった問題に対して「どうしていいかわからない」という状態に陥っているのかもしれません。
疑って掛かるならば、この問題を一時的スキャンダルだと捉え、沈静化するまでの時間稼ぎをしているとも取れますが、ここに到って尚そういう感覚でいるのなら先は無さそうです。

「面白いものを作る」+「利益を得る仕組みを作る」に加えて、「内外に受け入れられる仕組み」が新たに求められているのではないでしょうか。
果たしてそれを業界団体が作り出せるのかどうか、今後も見ていきたいと思います。
関連記事

コメント

非公開コメント

Twitch生放送 火水金21:30開始

Leaguemili Channel

ブログ内検索

りがみり





人生の半分がFFXIの人。

御意見、御要望、御依頼などはTwitterへ。