ゲームとは?

ゲームとは一体なんなのでしょうか?
その定義とは?ゲームらしいゲームとは?
取りとめも無いことを取りとめも無く書いてみようと思います。



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ゲームとは娯楽です。
あれ?やばい、もう話し終わってしまうw
冗談はさておき、
ではゲームとはどんな娯楽でしょうか?
こうなると途端に難しくなります。

例えば麻雀のゲームがあったとして、それはゲームという娯楽でしょうか?麻雀という娯楽でしょうか?
キャラクターが登場するとゲーム?必殺技のようなものがあるとゲーム?
キャラクターも必殺技も使わずにプレイすれば麻雀?
よくわかりません。


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ゲームには様々なジャンルが存在します。
しかし、全てをひと括りにして「ゲーム」と言われることが多いように思います。
将棋やチェス、囲碁やオセロをまとめて駒遊びなどとと言う人は居ないのにおかしいですね。
将棋と囲碁は成り立ちもルールも全く違うものですから一緒にしてはいけないように見えますが、ロールプレイングゲームとアクションゲームも成り立ちやルールが全く違うものですよね。
にもかかわらず、「ゲーム」はひと括りにして語られてしまいます。

その原因は、テレビゲーム黎明期が子供を中心に引き起こされたことにあるのではないでしょうか。
よくわからないものを語るとき、人は自分が理解できるように簡単に噛み砕こうとします。
子供達が遊んでいるものをみて、それを理解できない大人達はひと括りに「ゲーム」と呼んでしまったわけですね。
大人達が「ゲーム」と呼ぶことで、子供達も自分は「ゲーム」が好きなんだと思うようになります。
しかし実際には好きなゲームジャンルは個々に異なっているはずで、「ゲーム」というものに対する考え方も異なるはずです。

このことが、「ゲームとは?」を語る上での大きな障害になっているように思えます。


あるゲームをプレイしていて、「これは決まったことをやらされているだけで面白くない」と言われたことがあります。
またあるゲームでは、「これは何をしていいのか分からないからやらない」と言われたこともあります。

ゲームには所謂ジャンルというもの以外にも、その系統を分ける何かがあるようです。
便宜上、遊び方を自分で決められるゲームを「能動的ゲーム」、遊び方が決まっているゲームを「受動的ゲーム」と呼ぶことにします。
これはゲームのジャンルではなく、ゲームの作り方によって決められます。

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FF(RPG)シリーズで言えば、2 3 5は能動的ゲーム、1 4 6は受動的ゲームであると感じます。
これはゲームの製作段階において、そのシステムに力を注ぐか演出に力を注ぐかで分かれると言っていいでしょう。

任天堂が打ち出している「ユーザーに飽きられない、長時間遊んでもらえるゲーム開発」という方針は、能動的ゲームの開発に注力しているということだと思います。
能動的ゲームを好む人はこの方針を歓迎するでしょうが、受動的ゲームを好む人にとってはなんら魅力のないものでしょう。

ともすれば、能動的ゲームこそがゲームだ!受動的ゲームこそがゲームだ!という風な議論に発展してしまいがちですが、
この両者は製作段階からその理念を分かたれた異なるものなのです。
将棋と映画鑑賞のどちらが楽しいかを比較するくらい無意味なことのように思えます。
つまり、「ゲームとはこういったものである」という具体性を伴った考え方そのものが意味の無い行為だと言えるでしょう。

ですが不幸なことにゲームの定義をゲームを知らない世代によって押し付けられたことにより、どちらがより「ゲーム」なのかという不毛の争いを引き起こすことがままあるわけです。
そこには「あなたの好きなゲーム」「わたしの好きなゲーム」があるだけだというのに―。


多数あるゲームのジャンルを更に能動的か受動的かで分けるとすると、その数は膨大になります。
膨大になればなるほどそれを内包する「ゲーム」という定義は曖昧でうっすらとした正体不明のものになっていくでしょう。
一昔前には考えられなかったようなものがゲームの1ジャンルとして溶け込んでいる現状を考えると、
やがては「娯楽のひとつ」という意味から、「多数の娯楽を内包するもの」という意味で「ゲーム」という言葉が使われるようになっていくのかもしれません。
PSVR(マウントディスプレイ型ゲーム機)の製品版が10月に発売されます。
もしこれが世間に受け入れられれば、ゲームは更に多くものを飲み込んでいくことになるでしょう。

最近の若い世代からは視聴するもの、手遊び感覚で弄るものというゲームに対する新たな価値観も生まれているようです。

ゲームは今後どれだけのものを飲み込みそして生み出していくのでしょうか。
私はその点に非常に興味があります。
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コメント

素浪人

No title
どうするかは、あなたの自由だ!
他人の評価なんか気にするな!
現実とゲームの世界を混同するな!
以上

りがみり

Re: No title
> 素浪人さんへ

熱いコメントありがとうございます!

-

No title
初めて書き込ませて頂きます。いつも興味深い記事、有難う御座います。

ゲームの根源的な面白さは、一時の格闘ゲームや弾幕シューティングなど、
マニア向け高難易度とは別の次元だと思っています。FF11の高難易度コンテンツも然り。
勿論それらを否定する訳ではありませんし、個人的には結構はまっちゃうタイプなので
今でもエンドコンテンツをできる範囲で続けています。

FF11もモグハウス2階やガーデン、次回VUのマウントなど、近年になってやっと
バトルコンテンツ以外にも、誰でも楽しめる様なシンプルな「遊び」を提供するコンテンツが
実装され始めましたが、残念ながら余りに遅かった。
(もっとも、マウントが面白く、奥深いものかは未知数ですが。)
こうした、ゲームの根源的な面白さを提供するコンテンツが、プレイヤーが大勢いた時に
実装されていて、遊びに幅を持たせていれば恐らくここまでの過疎にはならなかったでしょう。

「ゼビウス」がなければ「ポケモン」は生まれなかった!?などの、「ゲームの企画書」は
とても興味深いフリー記事ですので、もし未読でしたら是非。

PSVRが売れたら、時代がようやく20年前の横井氏=バーチャルボーイに追いつくのだな
と思っています。

りがみり

Re: No title
> ゲームの根源的な面白さは、一時の格闘ゲームや弾幕シューティングなど、
> マニア向け高難易度とは別の次元だと思っています。FF11の高難易度コンテンツも然り。

コメントありがとうございます。
難易度という観点はなかなか難しい問題ですね。難易度だけにw
最近のゲーム事情は「とても簡単」or「とても難しい」の両極化しつつあるようにも見えますが、これからどうなっていくのでしょうね。

ヒゲメガネF

No title
興味深い記事をありがとうございます。
私はゲームとは、共通のルールの上で参加者が一緒になって楽しむものだと思っています。創意工夫や試行錯誤できる余地があると、幅が広がってさらに良いゲームになると思います。そこで大切になってくるのは、「ルールを作る側」と「参加者」、お互いの考え方や価値観だと思っています。

ルールの作り手=企業についてですが、面白いもの作りより利益を上げることを優先し、参加者=ユーザーのことを考えられなくなってしまったらどうなるのか。この点は以前りがさんも『なぜソーシャルゲームは生まれたのか』の記事で「利益を生む仕組みにゲームがコントロールされてしまったら…?」と、危惧されていましたね。社会的問題として取り上げられ、世間に悪い印象を与えてしまう結果になってしまうのではないでしょうか。

また、参加者=ユーザーについてですが、大量に時間やお金を費やして満足感を得ている状況からは少し距離を置くべきではないかと私は感じます。ゲームを続けることが自分にプラスに働くのかマイナスに働くのか、見極める観点を自分なりにもつことが必要なのかなと思います。この辺は自分も気を付けないといけないですが…w。

私の結論としては、参加者=ユーザーは、作り手=企業に求めるだけでなく、自身も気を付け、様々なことを身に付けていく必要があるということです。企業もそれに応え、お互いが成長していければ最高ですね。


この記事やソーシャルゲームに関する一連の記事を読んだ時、このクオリティーの記事を書いてくださる方がいることは、同じくFF11をやっている身としては大変ありがたいことなのではないかな~と思いました。結論はそれぞれ好きにしろ!というのもありだと思っている派ですが、りがさんなりの考え方を示し、コメントしてくださることに価値があると思っています。

ブログを読んでみて思うことは、やはりおっさんは面白い。おっさん最高や!ということですw。
…失礼しました^^;体に気を付けお過ごしくださいね。

りがみり

Re: No title
> ヒゲメガネFさんへ

コメントありがとうございます。
現実的観点から見た場合、仰るようにユーザー側も気をつける、注意してゲームに向き合うべきというのは仰るとおりだと思います。

しかしその気をつけるべき要因が、時間を掛けさせるあるいは課金を即すことに起因しているとみるならば、正に現状は「利益を生む仕組みにゲームがコントロールされている」状態ではないかと考えます。
80年代90年代のゲームはこうではなかったはずです。
純粋にただゲームを楽しむだけでよかった。

昔と比較することが必ずしも正しい方向へと向かうわけではありませんが、
ゲームがどういった娯楽であってほしいかと願うならば、警戒心を抱くことなく純粋に楽しめる娯楽であって欲しいと私は願いたいです。
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りがみり

人生の半分がFFXIの人です。

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